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死出の航海
黄金の輪に抱かれ
わたしは船出する
淡い紫色の ぶよぶよした量子の海へと
(わたし
はとうに溺死した身であり
ゆえに唇は存在せず)
ゆえにわれ紡ぐ 音ならざる韻を
夙に朝であり また朝ではなかった
融解する銀時計
切れ切れの上空移行よ!
あ と歌い
い と返す
う はいま去った
わたしはここに
こころもち漸減して
もといた 居場所に
ぽっかりとあいた
間隙に
見とれながら
(わたしが そこにいないことに みとれながら)
え はまだここに お と寄り添って
ほどない破断への 乖離への予感に
あわれなほどに怯えて
彼は消え 言葉は転じてしまった
金色の輪に抱かれ
白の水脈(みお)を描かん
(押しどられたカデンセへの激しき恋
慕!)
淡い 赤と青のはざまのいろの やわらかな
非連綿のものからなった碧海へ
(わたし
は 今となっては 溺死した身のために
わたしに顎は存在しない
言葉はいま わたしから去りはじめていて)
だから、われ言問わん
音なき韻を
今や朝であり また朝ではなかった
銀時計の液化
切れ切れの星空への …… 遷移よ!
だが、ああ、哀れ
我が短艇の困難なる難破よ!
命離れ去った 珊瑚の白の城へ嵌りこみ
哀れ 我が破船は 碧海にわだかまり
我が下顎から
冷厳にも気化し去った
あ の音色!
消えていけ この言問いよ
けれど 連綿せん!
おお!
二度ぞろ、言問いの変転!
金色の円の底にいて
白の水脈(みお)を引いて
(おお、おお……非記名の氏名よ)
虹の弧の底の乳の色の 非固形の潮の
みのもと 底と 遠近の
非連綿のものにみちていて
(溺死
していて、音に非得手で)
そして 非音の韻を 言問いて
午前にして非午前
銀時計 液へと 転じ
切れ切れの星々への 遷移よ
けれど、おお、非慈悲にも その舟艇の
白き死の潮の城へと 消えて。
悲劇、死艇の、潮へと自沈して
詩人、非機のものに変転して 辞去の辞儀をせり
「お元気で」と。
ん の音 逝(い)んで
え の音 斃死
い の音 お の音 死後のもの。