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ネロのゆめ
■1
そのよるも ネロは、
おかあさんに 「おやすみなさい」をいってから
となりのベッドに よこたわって
めをとじたのでした。
■2
ふと きづくと ネロは、
みたことのあるような(あるいは、ないような) まちにおりました。
やさしく つきが かがやいて、
こんぺいとうみたいな よるのまちを あおじろく てらしだしていました。
■3
ネロは、しょうがくいちねんせいです。
このまえ、しょうがっこうに はいったばかりです。
ランドセルもかってもらいました。
■4
ネロは、ドッヂボールよりも おえかきがすきで、
きのぼりよりも おえかきがすきで、
つみきごっこよりも おえかきがすきでした。
また、ネロはひまわりがすきで、
いつもいつも ひまわりとつきのえを かいていました。
■5
「やぁネロ。こんばんは」
ふと、ネロのなまえを よぶひとが いました。
ネロがふりむくと、そこには ゆうびんポストが ありました。
■6
「ぼくを ゆうびんポストだと おもっているの」
ゆうびんポストは、ネロにたずねます。
「うん。ゆうびんポストに みえるよ」
「ゆうびんポストが しゃべるなんて ヘンだとおもわないかな」
「じゃあきみは、ゆうびんポストじゃないの」
「きみは、にんげんの おとこのこかい」
「ネロだよ。6さい」
「ネロくん。ぼくが ゆうびんポストに みえるんだね」
「うん」
■7
「ぼくには きみが にんげんの おとこのこにみえる。きみも そう おもうんだね」
「そうだよ」
「じゃあ、ぼくは なにいろにみえる?」
「あかだよ。ゆうびんポストは あかにきまってる」
■8
「くろい ゆうびんポストがあっても いいと おもわないかなぁ」
「うーん。やっぱりヘンだよ」
「そうか。それならいいんだ」
ゆうびんポストさんは、どこか かなしそうなようすで さっていきました。
■9
あるきながら、ネロは、ゆうびんポストさんのことを かんがえていました。
くろい ゆうびんポストなんて ネロは みたことがありません。
ゆうびんポストさんについて かんがえていると、なんだか、ネロは ふしぎなきもちに なりました。
■10
「どこへ いくんだい」
ネロは、めのまえの ねずみさんに きがつきました。
「おえかきが したいんだ」
「なにを かきたいんだい」
「ひまわり」
「じゃあ、つきにいこうか。たくさん あるよ。ひまわり」
「うさぎさんが いるっていうのは きいたこと あるけど」
「じゃあ、いるだろうね。うさぎさん」
「ひまわりは」
「しんじるかい、ぼくのいうこと」
「しんじるよ、ねずみさん。あるんだね」
「うん。きっと あるよ」
■11
「どうやって つきに いくの」
「 ロケットだよ。うちゅうへは ロケットにきまってる」
「そうだね」
■12
そこには まっしろい、よく ネロが おえかきでかくような ロケットがありました。
「これに のるんだ」
「ねずみさんは どうするの」
「ぼくは、チーズをさがしてる とちゅうだったから」
「そっか。あんないしてくれて ありがとう」
「どういたしまして」
■13
月へと伸びていくその軌跡を見ながら、彼は呟いた。
「...僕のこと、忘れないでね」
果敢ない夢の欠片を紡ぐ、その銀幕の俳優の瞳の中には、
ただ輝ける幻想の架け橋と、一足早い緞帳があった。
その隣には真っ赤な郵便ポスト。
彼も同じように優しい眼で、銀色に輝く軌跡を見守っていた。
■14
ネロは、ほしを みていました。
■15
ロケットが つきへと ついたので、
ネロは ロケットを おりました。
つきの せかいは、どことなく ほのぐらく、
まるで おでかけのひの よるの ようです。
ネロが ヒマワリをさがして あるいていると、
■16
...かれは、ひろいひろい うみへと でました。
■17
「どうしたの、ネロ。こんなところまで」
ふと かれを よぶこえが あったので、
「あ、うさぎさん。こんにちは」
「うふふ こんにちは。ちきゅうは きれいかしら」
「うん。ほんとうに あおいんだね。そらが あおいからかな」
くすりと わらって うさぎさんは いいました。
「さあ。わたしには わからないわ。ひまわりさんなら わかるかも」
「ひまわり、あるの?」
「ええ。たくさんあるわ。ついてらっしゃい」
■18
「わあ」
そこには、よかぜに ゆれる さざなみ
あおく めぶく のはら
くさ き。
そして、たくさんの ひまわりが さいていました。
はやしの きれめからは うみが のぞき
その うみは はてしなく とおくて、
そして、ちきゅうの すみずみが みわたせます。
■19
「こんばんは」
ひまわりが はなしかけました。
「こんばんは。ひまわりさん。えを かきにきたんだよ」
「そう。わたしを かきにきて くれたのね」
「うん。ぼく、ひまわりさん だいすきなんだ」
「そう。わたしが だいすきなのね」
「うん。とっても だいすき」
「ちゃんと クレヨンは もってきた?」
■20
「あれっ」
「わすれちゃ だめよ。リュックサックに はいっているわ」
「あ、そうだった」
■21
「ひまわりさん。ひまわりさんは どうして ちきゅうが あおいのか しってるの」
「それはね、ネロ」
ひまわりさんは、いいました。
「かみさまが、あおいクレヨンをえらんだからよ」
■22
そらには おほしさまが ほうせきばこ みたいに かがやいて、
まるで うちゅうの むこうがわまで みえるように とうめいでした。
うみの むこうには あおい ちきゅうが あって、
ネロは それを ななつのなかから あおい クレヨンを えらんで えがきました。
「そうそう。じょうずよ」
ひまわりさんは にっこり いいました。
■23
「ひまわりさんは ちきゅうを みてるの」
「たまにね」
「いってみたいと おもわない?」
「おもうわよ。だけど」
ひまわりさんは、ネロのしたことのない、わらっているような ないているような かおをして いいました。
「……ネロ。みているだけの ほうが しあわせな ことも あるのよ。
……あなたは まだ こどもだから わからないかも しれないけれどね」
■24
「わたしは、ねっこが あるから。じゆうに あるいて あなたのところへは いけない」
ネロは、ひまわりさんに なにを いったらいいのか わかりませんでした。
そうして、きがつくと ネロは いちまいの えを かきおえていました。
「さあ、いきなさい。ネロ。あなたは かえらないと いけない」
■25
「うさぎさんが あんないしてくれるわ」
「まかせてください」
「ありがとう。ひまわりさん。さようなら」
■26
おわかれを いって、あるきだそうとした ネロでしたが、
ふと かれにも よくわからない きもちになって、
「……ひまわりさん。きっと……きっと、ひまわりさんのこと わすれないから」
ひまわりさんは、ちきゅうを みていました。そうして、なにも いうことは ありませんでした。
ネロは かなしくなって、もういちどの さようならの ほかに もう なにも いえませんでした。
■27
そこには、うつくしい いずみが ありました。
「ここよ、ネロ」
ネロが あんないされて いずみへと あるいていくと、
■28
おおきな ふねが ぷかぷかと ういていました。
「これに のれば ちきゅうへと かえれるわ」
ネロは、うさぎさんに おれいを いって、ふねへと のりこみました。
■29
ふねへと のりこんだ とたん、
ネロは きゅうに ねむくなって いきました。
もういちど、もういちどだけ、
ネロは えがいた いちまいのえを、まぶたに やきつけました。
けっして ひまわりさんと あの ふうけいを わすれて しまうことの ないように。
ああ、かなしげな ゆうびんポストさんや しんせつな ねずみさんや うさぎさんのことも わすれては いけません。
きょうみた ゆめを ぜったいに わすれないように。
ネロは、えがいた いちまいのえを、まぶたに やきつけました。
■30
———星空を駆け、星座を横切る、一隻の船。
それを、向日葵は見上げていた。
彼は、見た夢を覚えないだろう。
恋焦がれた彼との一夜の邂逅も、目が覚めれば、私の意志と表象ごと露と消える。
彼を好きだったこの気持ちも、忘却の霧海へと還るのだ。
そうして彼もまた向日葵となる。
急速に退廃へと沈んでいく世界を目の当たりにして、向日葵は、
———たった一粒、霧の海に波紋を落とした。
■31
ふと ネロが めをあけると、そこは いつもの へやで、
となりに おかあさんは いませんでした。
ちいさく ひらいた ドアの むこうから おとうさんと おかあさんの こえがします。
ネロは あんしんして、いまみた ゆめのことなど すべて わすれて、ふかい ねむりに おちていきました。
おしまい。